岩石切削におけるビット摩耗と切削抵抗
4.考察

4.1 切削抵抗式による検討

Nishimatsu(1972)によると,岩石の切削における主分力Pと背分力Qは次式であらわされる.

P = F cos(φ-α) (7)

Q = F sin(φ-α) (8)

ここで,Fはすくい面に加わる合力(resultant cutting force),φはすくい面上の摩擦角(angle of friction of rock cutting)で,αはすくい角である.(7)式と(8)式より次式を得る.

Q/P = tan(φ-α) (9)

今回の実験では,α=0°でQ/P =2.5(岩石),Q/P =0.7(金属)であった.これらを代入すると,φ=68°(岩石), 35°(金属)となる.金属の場合にはほぼ妥当な摩擦係数が得られたと思うが,岩石の場合の摩擦角は大き過ぎる.そこで,別の可能性を以下で探ってみる.

西松の式はすくい面における切削力のみ考えており,逃げ面において発生する力については考えていない.切り込み深さが今回のように小さい場合には,逃げ面における抵抗がかなり大きいことが指摘(例えば,山下・木下,1970:中島・木下,1972)されている.

そこで逃げ面における合力をF',摩擦角をφ'として,(7)式と(8)式を修正すれば次式を得る.

P = F cos(φ-α) + F' sin(φ') (10)

Q = F sin(φ-α) + F' cos(φ') (11)

ここで,今回の実験条件α=0を代入し,さらにφとφ'が近似的に等しいと考えれば次式を得る.

Q/P = {tanφ+(F'/F)}/{1+(F'/F)tanφ} (12)

Q/P =2.5(岩石)とtanφ=0.35(西澤ら,1989)を代入して計算すると,F'/F=17.2となる.この結果は,定性的にF'がFよりかなり大きいことを意味していると解釈すれば,(6)式は次のように近似できることがわかる.

Q/P = 1/tanφ (13)

すなわち,すくい面での抵抗より逃げ面での抵抗が大きく,QとPの比は岩石とビットの間の摩擦係数tanφによりほぼ決まる.摩擦係数が0.35(摩擦角19.3°)と小さいのは,おそらく細かい破片が発生するためであろう.

4.2 切削による温度変化

上記で述べたように,切削抵抗の各分力間の関係から,金属では主にすくい面での摩擦が,岩石では逃げ面での摩擦が卓越していると考えた.その点を検証するために,赤外線映像装置(サーモグラフィー法)によって,切削中のビットなどの表面温度の上昇を調べることとした.その結果を表5に示す.ただし,測定装置の精度や切屑が測定の阻害をするなどのため,正確に温度を測定することは難しく,定性的な傾向を述べることにする.真鍮およびアルミニウムは,金属の中で最も温度上昇が小さく,次に銅,鋳鉄,鋼となった.切削モードが他の金属と大きく異なる銅を除けば,切削抵抗の大きい順となっており,切削抵抗の大きさと切屑の温度上昇の傾向は一致している.

さて,切削実験で消費されるエネルギーは,各分力の大きさとその方向の移動距離の積の和であるが,その移動距離として主分力方向の移動距離(1回の試験あたり6.28m)が他に比べ格段に大きいため,エネルギーの大部分は主分力によってなされる.最も温度上昇が大きい鋼の場合,1回の試験で消費されたエネルギーをビットの主分力方向の移動距離と主分力の積から求めると,約2400Jとなる.他方,切削した体積を表中の温度上昇させるためのエネルギーを求めると,約800Jとなる.この他,ビットや試験体の温度上昇もあるため,主分力のなした仕事の多くは熱エネルギーとなっている.

花崗岩の場合,切屑の温度上昇は10℃程度と,金属の中で最も小さい真鍮やアルミニウムよりもさらに小さい.金属に比べ岩石では,単位体積を単位温度上昇させるエネルギー(比熱×密度)は半分程度であり,切屑の温度上昇に用いられたエネルギーは比較的小さいことがわかる.

金属では切屑とビットの温度上昇が観察されたが,試験片の温度上昇はほとんど観察されなかった.このことより,金属での切屑とビットの温度上昇は,すくい面での摩擦によるものと考えられ,4・1で述べた事項と一致する.すくい面では,主分力が鉛直応力,背分力が摩擦力に対応する.他方,花崗岩ではビットと試験片表面の温度上昇が顕著であった.このことより,岩石ではビットの逃げ面での摩擦が卓越的であると考えられる.

4.3 切削抵抗の経時変化

今までは切削抵抗の平均値を用いて述べてきたが,ここでは切削抵抗の経時変化について述べることにする.

銅以外の金属では,実験中の切削抵抗はほぼ一定であった.図8(a)に銅の切削抵抗の経時変化を示す.図では,切削抵抗は0に近い値を示したり,5 s,8 sおよび16 sで見られるような急激な上昇が見られたりするなど,大きく変化しており,経時的な変動が認められる.周期は必ずしも一定ではないが,0.3 〜 1 s程度である.銅の切屑は2章で述べたように不規則な断面をしたさざなみ状である.この切屑の質量と旋削試験の試験条件より、さざなみ1つあたりの平均周期を求めると0.5 s程度であった.このことより,銅の切削抵抗の経時変化は,切屑がさざなみ状に形成されることに起因していると考えられる.すなわち,銅の場合にはビットにへばりつくようなモードで切削されるため,へばりつく量が大きくなると,切削抵抗は大きくなっていく.へばりつく量がある程度大きくなると,今度はへばりつきが解消され,その結果,切削抵抗が小さくなる.これが繰り返されることによって切削抵抗の変動が生じたものと考えられる.また,このへばりつく現象によって,切削抵抗の平均値も大きくなったものと考えられる.

岩石の場合には,10 Hzのサンプリング周波数では切削抵抗の変動を捉えることができなかったため,サンプリング周波数を100 Hzとした実験を新たに行った.図8(b),(c)に稲田花崗岩の切削抵抗の経時変化を示す.(b)は新品のビット(K10)を用いた時の結果であり,(c)はビット摩耗の進行した10回目の切削試験時の結果である.(b)の結果を見ると,切削抵抗には変動が見られ,卓越した周期は存在していないが,周期としては0.02 〜 0.1 s程度である.これは銅に比べ,1/10程度であり,岩石の場合には比較的切削抵抗の変動が早いことがわかる.岩石の場合の切削抵抗は4・1に示したように,ビットの逃げ面と試験片の摩擦に起因している.よって切削抵抗の変動は,ビット先端で岩石のぜい性破壊によって,不規則な形状の切屑が除去され,ビットと岩石の接触面積が変動するためであると考えられる.図8(c)は,摩耗したビットの場合であるが,(b)と比較して切削抵抗は2倍程度大きくなっているが,変動の周期はさほど変化していないことがわかる.このことより本研究程度のビット摩耗では,岩石の切屑の大きさはビット摩耗にさほど影響をうけていないことが推定できる.また,切削抵抗が増加していることから,ビット摩耗によって,ビットの逃げ面と岩石の接触面積が大きくなっていることも推定できる.稲田花崗岩以外に,神流川チャートと甲府安山岩に関して,サンプリング周波数を100 Hzとした実験を行ったが,その傾向はほぼ同様であった.

切削試験中に変動している,背分力と主分力の関係を図9に示す.(a)は銅,(b)は摩耗したビットによる花崗岩の結果である.図9では,ばらつきはみられるものの,図5(a)に示した平均値だけでなく,切削抵抗が変化しても,両者の関係はほぼ(1)式に従うことがわかる.送り分力と主分力,送り分力と背分力の関係も,それぞれ,(2),(3)式にほぼ従っていた.