開発機械分野におけるサーモグラフィ法の応用

1.はじめに

サーモグラフィ法は、物体表面から発せられる熱放射線の強度を赤外線映像装置によって測定することで表面温度を2次元の画像(熱画像)として表現する手法である。この手法は、医療関係、リモートセンシング、マンションなどの建物の外壁調査(込山,1997)など幅広い分野で利用されており、土木の分野においても最近、法面の保護工やトンネル支保工のコンクリートの劣化診断に用いられるようになっている。しかし、開発機械の分野や岩盤構造物への応用についての事例についてはほとんど報告されていない。そこで本研究では、サーモグラフィ法が開発機械の分野や岩盤構造物に対して、どのように応用できるかについて調べた事例を報告し、その可能性を述べることにする。

2. 赤外線映像装置

物体は絶えずその表面から温度に応じた熱放射線を放出しており、その単位波長あたりの放射発散度EはPlanckの放射法則として次式で表される(真島・磯部,1982)。

     (1)

ここで、T、λはそれぞれ絶対温度、波長、C、Cは定数である。ただし、(1)式は黒体と呼ばれる完全な(理想的な)放射体での式であり、実際は放射率と呼ばれる定数が乗じられたものとなる。(1)式を用いれば、任意の波長において放射発散度を測定することによって絶対温度が求まる。(1)式で波長、温度を変化させて求めた放射発散度を図1に示す。図からわかるように、常温から数百℃の範囲では、放射発散度がピークを迎えるのは、数〜十数μmの波長の時である。また、3 μm以下や5 〜 8 μmでは大気による吸収度合いが高いため、熱放射線の減衰が激しい。そのため、赤外線映像装置では、波長として3 〜 5 μmあるいは8 〜 13 μmの2種類のものが用いられている。また図1に示すように、太陽光も(1)式に基づいて熱放射線を放出しており、8 〜 13 μmに比べ、3 〜 5 μmの帯域では太陽光による外乱の影響を受けやすい。そのため、日射の影響の受けやすいリモートセンシングでは8 〜 13 μmの帯域が利用されている。このことが原因と思われるが、3 〜 5 μmにおける岩石の放射率の測定結果に関する報告は少ない(石井,1981)。モルタルの測定例に関しては建築関係で報告があり、放射率は0.95程度でほぼ(1)式に近い。岩石もモルタルと同程度の値であると考えているが、今後検討する必要はある。本研究では、放射率はすべて0.95として温度を表示した。また、8 〜 13 μmの帯域では観測している物体付近からの熱放射線の反射が外乱の要因となる。
放射発散度を測定するセンサーのほとんどは、光電効果を利用した量子型センサーである。製造上、センサーの特性を同じにすることは難しいため、赤外線映像装置では鏡などで2次元に走査することによって、熱画像を構成している。
赤外線映像装置は数社から販売されており、1998年1月当時、国内で容易に手に入るもののうち可搬式であったAGEMA社のThermovision550を本研究では用いた。表1に諸元を、図2に本体の写真を示す。この装置は、3.6 〜 5 μmの短い波長を用いた型であり、ビデオ信号(NTSC)の出力も内蔵していることからもわかるように、画面は30フレーム / sと応答性は早い。デジタルデータとしては、PC-CARDに保存することが可能である。本体自体は、ビデオカメラ程度の大きさであり、可搬性は比較的よい。しかし、センサーの冷却用の大量のバッテリ電源が必要であり、3 kg程度である。最近では精度は多少劣化するが、センサーを冷却しなくてもよい型が市販されており、小型のバッテリで充分となっている。
可搬式の赤外線映像装置の価格はスペックにもよるが、数百万円程度である。

3. 開発機械への応用

3.1 掘削機械

トンネル(砂岩)を掘削中の自由断面掘削機の熱画像を図3(a)、写真を(b)に示す。切削ドラムは高速で回転しているため、熱画像は多少ぶれているが、切削ドラム部およびそれを支持している油圧シリンダ部の温度が高いことがわかる。また、図3では確認できないが、切削ドラム部の数カ所で温度が高くなっていることが動画では確認できた。これは、取り付け軸回りの回転が不良となったポイントアタック式ビットが発熱したことによるものと思われる。この自由断面掘削機のように高速回転しているものでも容易に温度分布が把握できることがわかった。図4に停止してしばらくしてから撮影した切削ドラム部付近の熱画像を示す。掘削を終了してから20分程度してからの撮影であったため、熱伝導により切削ビットの温度は低下し、ビットが固定された箇所の温度が比較的高くなっていることがわかる。
他の利用方法としては、TBM(全断面トンネル掘進機)のディスクカッタの回転不良の検知の利用も考えられる。TBMではディスクカッタが回転しながら掘削をするが、泥岩などの粘着力の高いものが軸受部に付着し回転できなくなると、同じ箇所で岩盤を掘削するため、カッタの一部が激しく摩耗する。この場合、ディスクカッタの温度はかなり高くなっていることが予想される。現状では、泥岩などの粘着力の高い岩盤を掘削している場合、時々作業員がカッタヘッドの前面にでて肉眼で観察することによって予防している。しかし、この方法では時間の損失も大きく、実際に検知しにくい。局部的な摩耗が生じたディスクカッタでは熱伝導によって掘削していない部分の温度は、他のディスクカッタに比べて上昇していることが予想されるため、赤外線映像装置によって後方から確認するだけで把握できるものと考える。

3.2 運搬機械

ベルトコンベアのキャリアローラの熱画像を図5に示す。図からわかるように、軸受付近の温度が最も高く、外にいくほど温度が低下している。これは軸受で発生する摩擦熱がローラ中を伝導していることを表している。またベルトと接しているローラの外周部ではほとんど温度上昇が見られていないため、この摩擦熱は少ないこともわかる。さて、ベルトコンベアで軸受の回転が悪くなると発熱が激しくなり、最終的に破損する。特に炭坑では発火の原因の1つとなることが指摘されている。サーモグラフィ法では、いくつものローラを一度に見ることができるため、一見で回転の悪いローラの検知が可能である。石灰石鉱山ではベルトコンベアで数kmも輸送していることは珍しいことではない。1つのローラの故障によって全体の輸送システムが停止するため、その保守・点検が大事であるが、サーモグラフィ法によれば比較的容易に検知することが可能であると考えられる。  ベルトコンベア以外としては、貨車の車輪の発熱にも応用できる。この様子もサーモグラフィ法で調べると個々の車輪によって温度が異なることがわかった。これは軸受の潤滑状況などに左右されていると考えられ、保守用としても用いることが可能であろう。  以上述べたように開発機械の分野では、切削ビットや軸受などのように摩擦を伴う現象において温度が高くなる現象が観察され、特に正常に動作していない場合には顕著に温度上昇が見られるため、サーモグラフィ法で容易に検知することができることがわかった。また、現場の方から油圧系統や電源系統の保守点検にも用いることできるのではないかとの意見も得た。

4. 岩盤構造物への応用

土木関係では、法面やトンネルでのコンクリートの劣化判断として用いられている。原理的には、コンクリートが劣化し亀裂(空洞)が発生すると空隙となるか、水分が侵入するかし、比熱や熱伝導が変化することで温度変化に差が現れることを利用している。
トンネルや地下空間の場合、岩盤の温度は年中ほとんど一定である。大谷石の採掘場跡で高さ十数mの空洞壁面を赤外線映像装置で調べたところ、下部に比べて上部の温度が0.5 ℃程度高かった。これは大気の温度による密度差の影響であると考えられる。しかし、直接日射の影響を受ける地表に比べて、トンネルや地下空間では比較的温度差が少ない。そのため、赤外線映像装置の温度レンジをかなり拡大して用いることができ、微小な温度差でも検知が可能である。トンネル壁面や切羽の岩盤の熱画像について調査した結果、意外とトンネル内の岩盤表面の温度には分布が存在していることがわかった。図6はトンネル壁面の熱画像であるが、壁面にわずかでも湧水が見られた場合には、図のように温度変化が見られる。この原因としては、トンネル内の岩盤温度は年中ほぼ一定であるが、水は圧力勾配によって流れるため、岩盤に比べ温度差が生じることが考えられる。また、滞留した水では蒸発熱の関係で岩盤と水の温度が異なる。さらに岩盤の含水状態によって放射率が異なることにより、サーモグラフィ法で得られる温度にも差が現れることも考えられる。
いくつかの岩盤構造物で赤外線映像装置によって温度分布を調べてみると、わずかな湧水箇所でも容易に発見できることがわかった。例えば、3月に観測した大谷石の採掘跡の大空洞では、岩盤の表面温度に比べて割れ目からの湧水箇所では4 ℃程度高く観測された。逆に8月の積丹半島の岩盤崩壊の危険性が指摘されている個所では、帯水層は他の岩盤に比べて1度程度低く観測された。また、トンネル壁面からの湧水はないが、トンネル壁面近くに水みちがある場合も、水と岩盤に温度差があるためその部分の温度が他に比べて変化していることが確認できた。これはコンクリート法面で、コンクリートの裏側に亀裂等によって水がたまった状態と比較的似ており、その際の手法(同じ場所で熱画像の経時変化を調べることによってコンクリートの劣化を調べる)が使えるものと考える。また人車に乗って、二次覆工が終わっているトンネルを移動する際、トンネル壁面の温度を観察していると、場所によって数十mの区間で温度が変化していた。これは局所的ではなく、もう少し広い範囲での水の影響であると考えられる。このように、赤外線映像装置によって得られた温度分布から、水の存在を非常に敏感に捉えることが可能である。水の存在は、岩盤構造物の安定性を議論していく上で非常に重要な因子であり、比較的容易に検知できることは工学的に意義は高いものと考える。
トンネルでは換気用に通気が行われている。この通気によって岩盤表面に温度分布が現れる。通気口から排出される空気の温度と岩盤温度は異なっているため、直接風があたる所の温度は変化する。また、日射などにより岩盤温度が上昇すると、岩盤内で熱伝導が生じるため、太陽光が当たっている場所と当たっていない場所で温度勾配が現れることも確認できた。このように岩盤の熱伝導問題についてもサーモグラフィ法は有効な手段であることがわかった。

5. まとめ

今回は、3.6 〜 5 μmの帯域の可搬式赤外線映像装置によって開発機械や、岩盤構造物での温度分布の測定を行った結果について述べた。2章で述べたように、物体から放出される熱放射線は温度だけでなく、放射率の関数である。放射率は個々の物体によって変化するため、個々の放射率を考慮しなければ、赤外線映像装置で得られた熱画像は正確な温度分布を表していない。今後は3.6 〜 5 μmの帯域での正確な放射率の把握が必要であると思われるが、今回、放射率を特定せず、様々なものを赤外線映像装置で観察した結果、得られる熱画像には様々な情報が含まれることがわかった。例えば、岩石の中に水分が含まれている場合には、1)放射率の変化していること、2)水分によって実際に温度が変化していること、の2つの理由により、熱画像では異なったものとなるため、岩石中に水分が含まれているかどうかを調べる手段となることがわかった。
大規模な岩盤斜面の崩壊は多大な被害をもたらし、社会から岩盤の破壊予測に関して早急な手法の開発が求められている。斜面崩壊を予測するには、1)岩盤斜面のうち比較的危険な地点を抽出する、2)抽出した地点で詳細な調査を行う、の2段階が必要である。1)に関しては広範囲(数百kmにも及ぶ)から抽出する必要があるため、専門技術者が目視観測によって判断しているのが現状である。赤外線映像装置は、目視と同じように容易に観察することができ、目視とは異なった情報を得ることができる。また、岩盤内構造物が大型化が進んでおり、天盤の安定性が重要となっている。天盤までの高さが大きくなっているので、あらかじめセンサーを設置していない場所での調査は非常に難しい。そのような場所でもサーモグラフィ法は適用でき、何らかの情報の抽出は可能であろう。
 赤外線映像装置で得られる熱画像は、様々な要因の結果として現れており、どのような要因によって現れているのかを正確に判断することは難しく、本報告では、定性的にいくつかの要因を想定する程度の使い方であったが、それでも1年程度、観察していくと要因がある程度把握できるようになった。今後、定量的な評価に用いるには、かなりのノウハウの蓄積が必要であることを実感したが、肉眼で得られる情報とかなり異なった情報を含んでおり、赤外線映像装置で得られる熱画像は、資源開発分野で様々な応用の可能性があるものと考える。

参考文献

石井吉徳:リモートセンシング読本,p.110-115,オーム社

真島正市・磯部孝(1982):計測法通論,p.354-359,東京大学出版会

込山貴仁(1997):名古屋大学学位論文