田下凝灰岩の長期クリープ試験と構成方程式
5.考察

既報(大久保,1991)にて,およそ1960年代から1980年代のクリープに関する研究の動向をまとめた.ここ10年間,地上の環境保全がさかんに叫ばれるようになったことから,地下空間の利用に対する関心が次第に高まり,クリープをはじめとする粘弾性や時間依存性に関する研究が増えつつあることは確かである.多くの実験結果や理論的な検討結果が発表されたが,その内容はここ数10年にわたって議論されてきたことの繰り返しがかなり多い.以下で考察する事項にも,過去に何度か議論されたことが含まれることを予め断っておく.

著者は,先に述べたように,単に応力ないし荷重が一定に保たれたときの岩石の変形挙動がクリープだと考えているが,クリープというと何か特別なものだとの見方もある.例えば,亀裂の発生にともなう変形挙動などは除外して考える研究者もいるが,原因ごとに変形を分離することは難しい.したがって,本研究でいうクリープ歪とは,単に,一定応力下であるにもかかわらず,時間経過にともなって増大する歪との意味である.

クリープを生ずる応力に下限があるかどうかについて長期間にわたる議論が続いている(Schmidtke & Lajtai, 1985).これは難しい問い掛けであり,本研究の目的の一つもこの問題に対して少しでも新しい知見を加えようとするところにある.

クリープを生ずる応力に下限はないが,クリープ歪に限度があるとの意見もある(Cristescu & Hunsche, 1998).すなわち,応力−歪曲線があり,これとほぼ相似でひとまわり小さい曲線(stabilization limit)に達するとクリープ歪は収束するとの考え方である.この考え方に対してコメントするのは,この考え方が時として危険だと考えたからである.すなわち,この考えの提案者は,主としてマルチステージクリープにより,いくつかのクリープ応力でクリープ試験をおこない,縦軸にクリープ歪速度,横軸に時間をとり,クリープ歪が充分小さくなった時の歪と応力を応力−歪線図上にプロットし,これらの点を滑らかに繋いでクリープ限度としている.しかしながら,このような方法で,クリープ歪が限度に達したかどうかを見分けることは,ほとんど不可能だと考えている.今回の実験結果でも,両軸を普通軸としてクリープ歪−経過時間曲線を描いてみると,数日程度で,歪速度は初期の1万分の1以下になり,充分に注意しないとクリープ歪が収束したように見えてしまう.

上記と同様に,変化速度が充分小さくなったら収束とみなすことが,地下構造物のコンバージェンスや岩盤内変位の整理でずっと使われてきた.これは比較的短時間の使用を考えた時には許されようが,より長時間の耐久性を要する構造物の場合には再検討する必要がある.なお,著者は以前,深沢鉱山の坑道で原位置計測をおこなったが(大久保ら,1984a,b),コンバージェンスを縦軸とし,横軸を時間の対数としてプロットしてみると,図3と同じように,わずかに下に凸な曲線となる.また,変形速度は経時変化にともなって急激に低下していった.これまで公表したのは約1年後までのデータであるが,データを公表した後さらに2年間の測定を続けた.しかしながら,コンバージェンスが一定値に収束する傾向はみえず,極めて小さい速度ではあるが増加し続けた.また,同時に測定した,ロックボルト軸力や岩盤内変位も収束する傾向はみせず,コンバージェンスの変化に呼応してわずかずつではあるが上昇し続けた.これらについては,適当な機会をみつけて近日中に公表する予定である.

クリープ機構について触れておこう.先にも述べたが,この10年間であまり大きな進展はなかったと著者はみている.かなりの部分が既報(大久保,1991)の繰り返しになるが,本研究と特に密接な関係のある部分について考察をしてみる.

クリープの機構としてまず拡散クリープがどのような物質に対しても上げられている.これは,他の現象とからみあうことが多いが,純粋な拡散クリープであれば,その歪速度は応力勾配に,従ってσの1乗に比例すると考えてよい(大久保,1991).これに関して多くの議論がなされてきたが,おそらく純粋な拡散クリープはかなり低い応力においてのみ支配的になるはずであり,これまで岩石で確認されたことはないと思う.

次が,古くからあるOrowanの考え方にもとづく,転移の運動(例えば山本・堀,1976)によりもたらされるクリープである.金属では,応力の2乗に転移の密度は比例し,さらにこの転移の密度勾配は応力の1乗に比例するので,掛け合わせて応力の3乗に比例するといわれている(大久保,1991).岩石のクリープにおいても,応力を変えた実験をおこない,同じ経時時間におけるクリープ歪を比べるとべき乗数は3前後となることがある.このため転移クリープ説を採用する研究者がいる.問題は2つあると著者は考える.一つは実験であり,上記のことが成り立つのは,定常クリープでの話であると著者は考えるが,このことが認識されていないか,認識されていても,なお,かなり早い時期にクリープ実験を打ち切り中途半端なデータしか取れていない疑いがある.もう一つは,実験事実に基づいた理論は金属で発展したものであり,岩石における明瞭な機構は,この理論がしばしば使われている岩塩ですら今一つあきらかでないことである.

もう一つの有力なクリープの機構は応力腐食であろう(Sano et al, 1981).これに関しては,既報(大久保,1991)である程度述べたが,ここでも別の角度から定性的な説明を試みる.通常の物質において,整列した分子間の結びつきは比較的強いが,どの物質でも弱いところや不整合なところは必ずある.岩石も例外ではなく,亀裂の先端などの弱い部分は存在するであろう.岩石(試験片)にクリープ応力が加わると,この弱い部分の分子間距離が開き,水の分子あるいは水酸基イオンなどと反応し,前から弱かった部分がさらに弱くなって,亀裂の進展やクリープ歪の増大につながる.なお,応力腐食とはやや異なる圧力溶解作用(pressure solution, solution transfer creep)が,クリープ歪の増大に深く関与しているとの意見もあるが(パターソン,1986),詳しいことは未だ不明である.

著者の意見では,試験片で観察されるクリープ機構はかなり低応力(例えば30%程度)までほとんど変わらず,また,応力依存性をあらわすべき乗数もあまり変わらない可能性があると考えている.これは,試験片全体が均等に変形するのではなく,微視的に見たとき,何箇所かの応力の高い部分での変形が支配的であり,低応力の部分の寄与分が少ないためと考えている.クリープ試験で観察されるマクロな試験片の挙動は,この応力の高い部分での粘弾性であり,高い応力での特性を結果的に反映していると思う.当然ながら,クリープ応力の高低によってクリープ歪やクリープ歪速度に差があるが,高いクリープ応力では,試験片内で相当な応力レベルに達して変形する部分が多いのに対して,低いクリープ応力ではそういう部分が少ないためといえよう.

今回水中に試験片を浸して実験をおこない,長期間にわたるクリープ歪を測定した.一方,予備実験としておこなった気乾状態のクリープ試験では,応力レベル30%でのクリープ歪は検知できないほど小さかった.湿潤状態では強度が下がることが一般に認められているが,低応力のクリープについては不明な点が多い.一つの考え方では,体積膨張の生ずるような比較的高い応力でのみ水の影響があるとしており(Cristescu & Hunsche, 1998),その原因は,体積膨張は岩石内部のクラックの生成,進展により生じ,その結果,水の移動が容易になってクリープ変形に水が影響を及ぼすためと説明されている.本研究で使用した田下凝灰岩はかなりの空隙をもち,たとえ体積膨張が生じなくとも水の移動が可能なことから,ここにあげた意見はあてはまらないと考える.